平頼綱は執権をしのぐほどの権勢を誇り、法華衆の弾圧を繰り返しましたが、大聖人滅後わずか12年目に、幕府への反逆を企てた罪で、一族郎党あっけなく滅びています。
日寛上人は「撰時抄愚記」において、具体的にこう述べられています。
・平頼綱が首を刎ねられたのは、蓮祖の顔を打った報いである。
・最愛の次男安房守が首を刎ねられたのは、安房国御聖誕の蓮祖を斬首しようとした報いである。
・長男の宗綱が佐渡に流され、生きて帰れなかったのは、蓮祖を佐渡流罪にした報いである。
恐ろしいまでの符合です。
このように法華誹謗の罪は、本人はもちろんのこと、子孫末代にまで不幸を及ぼします。
一般に、信仰は先祖代々受け継がれていくからです。
思えば日顕が狂ったのも、父親である日開の信心の狂いに、その因があったのかもしれません。
しかしだからこそ、あなた1人の信心によって、先祖代々の謗法はことごとく消え去り、
子孫末代までの成仏につながっていくのです。
悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず子と孫と末へ七代までもかかり候けるなり、善の中の大善も又又かくのごとし、目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生・三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ
盂蘭盆御書 1430頁