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    <title>21世紀の日蓮仏法</title>
    <description>念仏撲滅　禅撲滅　真言撲滅　カルト撲滅

</description>
    <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>創価学会は世界最大の在家仏教徒団体</title>
      <description>&lt;img alt=&quot;&quot; src=&quot;http://file.nitiren21.blog.shinobi.jp/b15_l.jpg&quot; /&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世間においては、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「創価学会は、池田大作を教祖とする新興宗教だ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
というイメージをお持ちの方が多いと思いますが、これは大きな誤解です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学会の教祖は日蓮であり、日蓮宗系の純粋な伝統仏教団体であるというのが真実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおかつ、&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;在家のみで運営されている仏教徒団体としては世界最大&lt;/span&gt;となります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと学会は、日蓮正宗の在家信徒団体として結成されました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、伝統仏教宗派の中のひとつのグループだったわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古い書類には&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日蓮正宗創価学会」という名称が、至る所に見受けられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在は「日蓮世界宗創価学会」として商標登録しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当然、学会の教義は、鎌倉時代から伝わる純粋な日蓮仏法そのものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治以降にでっち上げられた各種の新興宗教とは、完全に異なります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学会員が日本にこれほど大勢いるのは、単純な理由で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;日本の正統・伝統の仏教徒団体&lt;/span&gt;だからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ単に、僧侶の存在が目立たないだけに過ぎません。&lt;br /&gt;
（実は、改革同盟の僧侶とは連携しています）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
青年僧侶改革同盟ホームページ&lt;br /&gt;
http://www.nichiren.com/jp/introduction/greeting.html&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちゃんとお寺もあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一、&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;現在学会が会員に授与している御本尊は、700年の伝統を持つ栃木・本如山浄圓寺に代々伝えられてきた、由緒正しい御本尊です。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;&quot; src=&quot;http://file.nitiren21.blog.shinobi.jp/img005.jpg&quot; /&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;&quot; src=&quot;http://file.nitiren21.blog.shinobi.jp/sanshito.jpg&quot; /&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学会が勝手に本尊を創作しているなら、新興宗教と言われても仕方ありませんが、伝統仏教の寺院から正式な申し出を受けて授与を代行している以上、そのような批判は的を得ていません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたの隣の学会員は、新興宗教の信者ではなく、普通の日本人であり、真面目な仏教徒なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうか安心してください。</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E3%81%AF%E6%96%B0%E8%88%88%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%A0%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%AA%A4%E8%A7%A3</link> 
    </item>
    <item>
      <title>食料品消費税1%は中道の実績</title>
      <description>食料品の消費税を1％に引き下げることが既定路線となっていますが、この流れを決定づけたのが、中道の結成と同時に発表された「食料品消費税ゼロ」公約であることは間違いありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自民は争点潰しのため慌てて公約をパクりましたが、それで引くに引けなくなってしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時点で、国民にとってはどちらが政権を取っても消費減税が決まりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;政党の目的は与党になることではなく、政策を実現することです。その意味で、中道はしっかり役割を果たしたし、今後も果たすと考えられます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;中道からのプレッシャーで自民が動き、日本が動くことが、すでに証明されました。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは公明党単独では難しいでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中道への合流は、国民生活のためにも、大局的に全く正しいのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E5%85%AC%E6%98%8E%E5%85%9A/%E9%A3%9F%E6%96%99%E5%93%81%E6%B6%88%E8%B2%BB%E7%A8%8E1-%E3%81%AF%E4%B8%AD%E9%81%93%E3%81%AE%E5%AE%9F%E7%B8%BE</link> 
    </item>
    <item>
      <title>自力本願が不完全な理由</title>
      <description>AI時代は、ある意味で他力本願の時代ともいえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは人間の独立性の危機であり、自力本願に回帰する傾向も反動で強まるはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
急激な変動は必ず反動をもたらします。指導者にはそうした予測や対応も必須です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともあれ、自力本願はいっけん正しそうに思えますが、現実離れした誇大妄想といわざるをえません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大きな病気やけがでは、まず医師に頼ることが、最も救命率を高めます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
病院に行かず何とかするのが悪手であることは、言うまでもありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏法では一切衆生に仏性があると説きます。つまり本質的には誰もが師であり弟子です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;自己の中にしか仏が無いといった閉鎖的な心では、かえって仏性を閉ざしてしまいます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;自力か他力かといった二元論では、あまりにも下等で、生命の法則を語れません。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
AIでさえ質問力が低ければまともな出力は得られません。世の中には、完全な自力とか他力というものはないのです。</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E7%A6%85%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B/%E8%87%AA%E5%8A%9B%E6%9C%AC%E9%A1%98%E3%81%8C%E4%B8%8D%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AA%E7%90%86%E7%94%B1</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「財政力」で宗教を評価するなかれ</title>
      <description>宗教の成功は信徒数だけでなく、その財政力において評価される場合があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;「宗教はビジネスではない」ので、金額を基準とするのは絶対的に間違っています。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その代表が統一狂です。信徒1人当たりの集金力は、創価学会など足元にも及びませんが、彼らに宗教を名乗る資格すらないのは当然です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信徒が経済的に成功すれば、二次的に教団が潤う場合もあります。学会はそのパターンであり、決して財政力を目的としてきたわけではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金額を目標にした途端、宗教そのものが手段と化してしまいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;神仏に、人間界のマネーが必要なはずがありません(笑)&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt; マネーで喜ばせられるのは人間だけであり、神仏を喜ばせることはできません。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt; ゆえに功徳はありません。功徳は売り物ではないのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt; 喜捨というものは、すでに十分な功徳をいただいた人が、感謝の気持ちで行うものなのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこまでの功徳を感じられないのであれば、あなたにはまだ喜捨の資格がないといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;寄付という形式から信仰の世界に入ってしまえば、「功徳はカネで買うもの」と思い込んでしまい、かえって神仏を冒涜することになります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt; それは地獄行きの因にしかならないでしょう。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B/%E3%80%8C%E8%B2%A1%E6%94%BF%E5%8A%9B%E3%80%8D%E3%81%A7%E5%AE%97%E6%95%99%E3%82%92%E8%A9%95%E4%BE%A1%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%82%8C</link> 
    </item>
    <item>
      <title>曹洞宗大本山の痴漢事件で元僧侶が逮捕</title>
      <description>以前にも取り上げた、曹洞宗大本山で発生した「女子高生大量痴漢事件」の続報です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研修中の女子高生14人に痴漢を働いたなどとして、元修行僧の男が逮捕されました。実際の被害者は20名を超えると見られています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男はすでに除籍されていますが、事件の悪質性から警察が逮捕に踏み切ったようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この男のために、いまや世間では完全に「曹洞宗　＝　痴漢」のイメージが定着してしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本山でのスキャンダルは、末寺とは比較にならないほどのダメージとなります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学会も決して油断せず、特に本部職員の言行は厳正に見ていく必要があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君たち青年が妥協なく堕落した幹部・議員・職員を糾弾することが、学会を守ることなのです。</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E7%A6%85%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B/%E6%9B%B9%E6%B4%9E%E5%AE%97%E5%A4%A7%E6%9C%AC%E5%B1%B1%E3%81%AE%E7%97%B4%E6%BC%A2%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%A7%E5%85%83%E5%83%A7%E4%BE%B6%E3%81%8C%E9%80%AE%E6%8D%95</link> 
    </item>
    <item>
      <title>長井秀和が上祐史浩とYouTubeで共演</title>
      <description>長井秀和が、テロ組織オウム後継団体の代表である上祐史浩元受刑者と、YouTubeで共演していることが話題となっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;オウム後継団体は、例外なく公安警察の監視対象となっています。つまり日本を代表する反社であり、再びテロを起こす危険性が高いとして、警察にマークされているのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現職の政治家が、そのような反社の代表と共演するなど、絶対にあり得ません。自ら「反社のお友だち」と宣伝しているのだから、完全に狂っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;反学会活動家に近づくべきでないのは、結局、陰に陽に雑多なカルトと結びついているからです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表面は正義の告発に見せかけても、実態は学会を憎む勢力に飼われている者ばかりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今の長井は、その実態を隠そうともしません。隠す余裕もなくなってきています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;権力者・公人が邪教と結託して弾圧を加えてくるのは、僭聖増上慢そのものです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長井から完全に影響力を奪い、二度と表舞台に出てこられないよう、完全に叩き潰す必要があるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;

&lt;div&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;/div&gt;</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B/%E9%95%B7%E4%BA%95%E7%A7%80%E5%92%8C%E3%81%8C%E4%B8%8A%E7%A5%90%E5%8F%B2%E6%B5%A9%E3%81%A8youtube%E3%81%A7%E5%85%B1%E6%BC%94</link> 
    </item>
    <item>
      <title>真筆本尊でなくても功徳はあるのか</title>
      <description>現在、蓮祖の真筆とされる御本尊は複数確認されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら真筆本尊に功徳があるのはともかく、別人の複写や印刷本尊にまで功徳があるのはおかしいという人もいるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしそもそも、&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;教祖が全ての本尊を手作りしている宗教など、どこにもありません。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;本尊を自ら多数制作している蓮祖が、宗教史上、例外中の例外なのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、蓮祖がいかに「自ら手を動かす」働き者であったかを物語っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真筆本尊の「骨董」「歴史史料」としての価値は、もちろん計り知れません。しかし、それを「宗教次元での本尊の価値」と混同してはいけません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;真筆しか功徳の無い本尊では、他宗の諸々の本尊にすら劣ることになってしまいます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;御本尊の功力が絶大であればこそ、複写や印刷でも変わらず功徳があり、真筆と同様大切に御安置すべきなのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;それと同様に、蓮祖肉声の題目と我ら凡夫の題目に功徳の違いは全くありません。また、そのように信じて祈ることです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう信じなければ不信になってしまい、功徳を自ら打ち消してしまうのです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E4%B8%89%E5%A4%A7%E7%A7%98%E6%B3%95%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E7%9C%9F%E7%AD%86%E6%9C%AC%E5%B0%8A%E3%81%A7%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%A6%E3%82%82%E5%8A%9F%E5%BE%B3%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B</link> 
    </item>
    <item>
      <title>牧口先生「気休めの宗教など不要」</title>
      <description>価値論より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;心のよりどころや精神的な満足しか与えられないような小さな宗教は即ち&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;自己満足を与えるくらいの能力しかない宗教は、もはや宗教としての存在価値がないのだ。&lt;/span&gt;なぜなら趣味や娯楽と宗教の区別がなくなるではないか。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、師匠による既存宗教への「痛烈な皮肉」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の心だとか、伝統といったふわふわしたポエムは、宗教を持ち出すまでもなく、文化芸術分野で充分にニーズを満たせます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日光東照宮は確かに素晴らしい彫刻建築です。日本の宝です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、祀られているのが家康であろうとなかろうと、たとえ無宗教であろうとその価値が変わらない以上、あくまで日本の宝は彫刻建築であって家康信仰ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、ゼウスやアテネといったギリシャ神話の神々を本気で信仰している人はいません。しかし、ギリシャ神話が世界最高の文学的遺産であることは疑いの余地がありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ギリシャ神話や聖書の基礎知識がないと、西洋文明のベースが理解できません。国際人ならば教養として必ず読んでおくべきです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
趣味や娯楽としてギリシャ神話を楽しむことはおおいに結構ですが、決して宗教の役割を果たせるものでないことは、忘れてはならないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;

&lt;div&gt;&lt;/div&gt;</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E7%89%A7%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%80%8C%E6%B0%97%E4%BC%91%E3%82%81%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%AA%E3%81%A9%E4%B8%8D%E8%A6%81%E3%80%8D</link> 
    </item>
    <item>
      <title>牧口先生「仏も小悪を為す」</title>
      <description>価値論より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;悪のために少しばかりの善を為すのが凡夫であり、&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;大善のために少しばかりの悪を為すのが仏&lt;/span&gt;とも言えるのである。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏といえど、毎日他の命を奪って食べなければ、生きていかれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少なくとも、離乳して普通の食事を取るようになれば、人は必ず悪に染まります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
消毒のための殺菌も、菌にとっては「大量虐殺」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生即悪であるがゆえに、たまに嫌なことが起きるのは、避けられない因果応報とも言えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
完璧主義を目指すなら、生そのものを放棄するしかなくなります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
肝心なのは、そのまま悪に染まり続けるか、より善に近づこうとするかです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、人生は全てバランスです。トータルで善行が悪行を上回っていれば、その人は善人と見ることができます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原罪を直視しつつ、それでも人間らしくあろうとすることが仏法であり、人間革命なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E7%89%A7%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%80%8C%E4%BB%8F%E3%82%82%E5%B0%8F%E6%82%AA%E3%82%92%E7%82%BA%E3%81%99%E3%80%8D</link> 
    </item>
    <item>
      <title>牧口先生「不善は悪、不悪は善」</title>
      <description>価値論より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;法律に触れさえしなければ不善でもかまわないと誤解しているところに、現代の病根があり独善偽善者が横行している結果となっている。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;悪をするのは悪いに決まっているが、善をしないのは悪でないから善いと思って平気でいるのが現代の常識といってよい。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、放火の現場を目撃したケースを想定すると分かりやすいでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのまま通り過ぎてももちろん共犯にはなりませんが、結果の深刻さを考えればやはり悪と判定するのが妥当でしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;その場で放火魔を制圧することが困難でも、撮影する、消防や警察に通報する、火を消す、住民に危険を知らせるなど、できることはいくらでもあります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;color: #ff0000;&quot;&gt;それらを一切せずに放火を容認するならば、やはり与同罪とみられても仕方ないでしょう。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同様に、念仏等のカルトがのさばっているのに破折せず、その布教拡大を容認するならば、やはり与同罪を免れることはできません。何億の題目を唱え、年500回の会合に出席しようと、あなたは地獄に堕ちます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このブログで統一狂等を厳しく破折するのも、価値論に従うからこそです。&lt;br /&gt;
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創価学会再生の唯一の道は、社会に迷惑をかけるカルトを根こそぎ叩き潰すことです。学会は永遠に折伏の団体であり、折伏を止めた瞬間に消滅します。破邪の闘争こそ、学会の生命力の源です。&lt;br /&gt;
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また、謗法払いは悪を止めただけですが、不悪だけでも善因となるため、初信の功徳が厳然と現れるのです。&lt;br /&gt;
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