池田大作全集87 237頁より
叫ぶべき時に叫べない人間。悪を懲らしめることのできない人間。
そういう「懈怠懶惰」の人間は、結局、自分まで謗法になっているのである。
懈怠は「十四誹謗」のひとつである。法に背いているのだから、いくら題目を挙げても、真の功徳は出ない。
仏にはなれない。
たとえ幹部であっても、悪と戦わなければ地獄に堕ちる。大聖人が、そう仰せである。
全集83 72頁より
小さな善業を積み重ねるだけでは、大善は実現しない。
大悪との戦いこそが大善をもたらすのである。
355頁より
大悪に反対しなければ、大悪を成すのと同じである。与同罪となる
師弟の大城より
極悪と戦えば、極善となる。反対に、悪を許せば、自分が悪になってしまう。
悪と戦わなければ功徳は出ない。
悪を追放し、戦い抜かなければ、悪知識とともに地獄に墜ちてしまう。
善知識であるべき幹部の存在も、慢心や堕落によって、悪知識になる恐れがある。
幹部や中心者の悪と戦うことは、折伏以上に重要な戦いです。
なぜなら、あなたがどれだけ弘教拡大を進めても、中心者の指導が狂っていれば、全員の信心が狂わされてしまうからです。
かえって罰の因となり、地獄行きは避けられません。
顕正会は学会など比較にならないほど折伏を頑張っていますが、誰も幸せになれないのは、浅井という邪師についているためです。
幹部や中心者の言動が明らかにおかしく、メンバーが嫌な思いをしているのに、我関せずと放置しているのであれば、あなたは100人折伏しようと功徳を得られず、逆に地獄行きです。
学会の組織は、「一人立つ獅子王」を育てるための、訓練の場です。幹部にこびへつらう、従順な子羊など必要ありません。
それならば活動しないほうがマシです。ますます幹部を堕落させるだけです。
三千大千世界の仏は、一人残らず悪と戦うことで仏になっています。あなただけ免除してもらうことはできないのです笑
謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし
曽谷殿御返事(御書1056頁)
在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり
守護国家論(御書68頁)