池田大作全集93 257頁より
学会員は、「如来の遣い」であり、「大聖人の分身」である。
仏法では、環境と自己は一体であると説きます。これを「依正不二」といいます。
仏眼から見れば、自己と他者の区別はなく、全てが一体です。
一切が南無妙法蓮華経ただ一法から生じているので、区別の必要が無く、また区別しようがないのです。
したがってお題目を唱えると、誰にでも仏界の生命が顕れ、一切衆生が御本仏大聖人と一体になります。
また、大聖人と一体なのだと信じて祈ることによって、誰にでも仏界が顕れます。
これこそが信心の血脈であり、末法の衆生が成仏できる唯一の修行なのです。
「久遠実成の釈尊(日蓮大聖人)と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」
生死一大事血脈抄
我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり
日寛上人文段集