折伏においては、謗法払いが一切に先立ちます。
阿弥陀仏を信じたまま何億の題目を唱えても、罰が出るだけです。
廃屋は、いったん更地に戻さないと、新築を建てることはできないのが道理です。
まずは南無妙法蓮華経を信解するための機根を整えることが必須であり、それは決して省略できない折伏のプロセスです。
折伏ならば、功徳が出ないはずもありません。
カルトと対決し、脱会を支援することは、仏法に照らしても、それ自体が立派な折伏行なのです。
創価学会はかつてあらゆる邪宗に対決を挑み、その弱体化に成功しました。
学会に入らずとも、脱会を決意した元カルト信者も少なからずいたはずです。
ムリに学会に入れようとしなくてもいいんです。むしろ、入会されては困るような人も現実にいます。
特に最初は仏法の話をする必要すらなく、カルトの異常性を粛々と語っていけばいいんです。
例えば、初詣の賽銭が神道政治連盟を通じて自民党支援のために使われていることなども、皆に語っていくべきです。
とりわけ宗教二世は内心脱会を希望している場合も多く、切実に支援を必要としています。
常に、時に適った折伏を行じていくことです。