「若き指導者は勝った」には、池田先生の貴重なサラリーマン時代の仕事ぶりが紹介されています。
昭和27年1月に入社した吉田顕乃助氏は、先輩の池田青年について商談を見学しました。
しかし、池田先輩は世間話するばかりで、まったく商談を持ち出しません。
それでも最後には、決まって向こうから出資を約束してくれました。どこの現場でも同じでした。
池田青年はこの当時から、師の厳しい薫陶により、まさに神業の営業スキルを身につけていたのです。
そもそも戸田先生は、まず実業家として立った人物です。その直弟子である池田青年が、超一流のビジネスマンでないはずがありません。
学会活動だけで、池田先生ほどの不世出の指導者が育つはずもありません。世の中、そんなに甘くありません。
青年ならばまず、実社会で勝利することです。第一人者となることです。それは活動にも必ず生きてきます。
そもそも折伏というものは、世界旅行から帰ってお土産を渡しながらやるのが正しい姿です(笑)
実社会で何も成し遂げていない青年では、内外問わず相手にされなくても仕方ありません。
厳しい競争の中で結果を出してきた経験がないと、いざ学会の幹部となっても、軟弱で通用しないものです。世間知らずで応用力が無く、真の自信もありません。
そうした幹部に限って、役職の権威を振りかざすものです。
そもそも幹部が万年派遣社員では、かえって法を下げてしまいます。派遣を差別するわけではありませんが、学会の幹部にふさわしいかは別の話です。
信心は一人前、仕事は三人前。それが男子部永遠の指針です。
城に守られるのではなく、城の外で戦果を挙げてこそ真の弟子でしょう。