友人との仏法対話の中で、一度はほぼ確実に言われるのは
「私は宗教に興味ない」
という断り文句でしょう。
もし、友が本当に宗教に関心が無いのであれば、あわてて入信を勧める必要は無いと思います。
無宗教は、日蓮仏法の次に優れた思想です。
少なくとも、淫祇邪教の毒に侵される心配は無いのですから。
ただし、本物の無宗教という人は、日本にはほとんどいないと思います。
神社にも一切参拝しない、葬式にも坊主を呼ばない、ペットが死んだら生ゴミに出すというのが、本当の無宗教です。
口で無宗教と言いながら、毎年欠かさず初詣に行くのは、単なるウソつきです。
また、宗教の代わりに占いや風水のような迷信を信じているのも同様です。
現実的には、日本人の大半は無宗教というより「無宗派」です。
「無宗教だったら、何も信じてはいけない」のです。徹底的に無哲学、無信念を貫かなくてはただのウソつきです。
真面目な話、淫祇邪教を信じるくらいなら、そのほうがはるかにマシです。
折伏は「破邪」及び「顕正」です。
破邪が対治悉檀、顕正が第一義悉檀に当たります。両方そろってこその折伏です。
今の学会員の折伏は、顕正一辺倒で、破邪ができていないのです。
邪宗への執着を断ち切れないから、なかなか入信に至らないのです。
どんなに題目を唱えていても、同時に念仏を唱えたり、神社に参拝していたりしたら、何の意味もありません。
したがって折伏はまず破邪が先なのです。いったん無宗教にさせるのです。
「お題目を唱えなさい」という前に、まず「今あなたが信じている宗教は間違っているから止めなさい」というのが先なんです。みんな順序が逆です。
謗法払いは、御本尊をいただく前に済ませますよね?
まずは、友に無宗教を徹底させることです。神社など断じて参拝させてはいけません。神札やお守りも捨てさせましょう。
本人が無宗教を宣言したのだから、矛盾はありません笑
その時点で、折伏は半分できています。
その上で、友が「やっぱり人生には哲学が必要だ」と感じたなら、改めて仏法を語っていけばいいのです。