池田大作全集87 246頁より
私は、まず自分が動いた。自分が挑戦した。
アパート(青葉壮)の隣人たちにも皆、仏法を語った。
この折に入信された方々から、今も懐かしい便りをいただく。
リーダーは、まず自分が動くことである。
人にやらせるのはずるい。それでは自分の成仏はない。
なぜ、池田青年の入った組織では、常に未曽有の拡大が実現したのか?
それは、池田青年自らが個人折伏に挑戦し、かつてない結果を出してきたからです。
これこそ、創価のリーダーの第一の条件でしょう。
挑戦すらしていないのは論外として、1世帯の本尊流布も決めていないうちは、まだ幹部にするには早すぎます。
学会の組織はあくまで「折伏のための組織」であり、会合や選挙を目的としているわけではないからです。
ラインの長は、あくまで折伏のお手本となる人材を選ぶべきです。
もちろん、全員が結果を出せるわけではないでしょう。それでも、新聞配達を引き受けたり、教学に精通するなど、広布に貢献する道はいくらでもあります。
それはそれとして、「幹部」を選ぶ場合は、結果を出せる人材でなくてはいけません。
そもそも、やらせる信心に功徳はありません。
組織で目標を達成しても、功徳はみんなで山分けではなく、戦った人しかいただけません。
せいぜい、おこぼれ程度に回向してもらえるくらいです。
その意味では、この信心は徹底した成果主義です。
ただ号令をかけているだけでは、結局は自分が一番損なのです。