池田会長講演集第3巻より
これまでは、建設期であったがゆえに、また若さのゆえに、焦りすぎた面もあった。
随分、注意したのですが、一部に熱意のあまり、つい行き過ぎて摩擦を生じた例があったことも知っております。
今後は、そうした行き過ぎの絶対にないよう、道理を尽くした布教、折伏でいくよう、これまで以上に、互いに戒め合っていきたい
現代は、たとえて言えば、これまでの高速道路から、混雑した都会の道路を車で走っているようなものといえましょう。
決して数を焦る必要はないし、あせっても絶対にならない。
無理な学会活動をして、社会に迷惑をかけることは、大謗法であり、学会の敵であります。
多少減ってもいいから、立派に整頓しながら、悠々とやっていきましょう。
入信に際しては、座談会に原則として3回以上出席することを条件とし、きちんと名簿に登録するようにもしたい。
退会したいという人に対しては、道理だけは尽くしても、決して執拗に止めてはならない。
数を焦るのではなく、どこまでも御本尊を大事にし、折伏にあたっては、十分に相手を納得させ、生涯、御本尊を受持しきる決意の人にのみ下付されるのが、信仰の正しい行き方
法華経の智慧より
この世に生まれて、一言でも妙法のことが説けるなんて最高の栄誉だと、感謝して、誇りをもって、笑みをたたえて、(折伏を)やるのです。
「何人やらないといけない」とか決めつけると、心に負担になってしまう。苦しくなってしまう。
皆の心を重くして、広宣流布が進むわけがない(笑い)
心を軽くしてあげるために指導者がいるんです。みんな、その反対をやっている。
励まし合っているところは、大騒ぎしなくても伸びています。
池田大作全集68 263頁より
弘教に際しては、数を競い合うような安直な「結果主義」ではいけない。
池田大作全集75 441頁より
世帯が増えれば、入会に対して厳格な基準を定めるのは当然である。
入会者の数にとらわれることは、本来の折伏精神に反する。
池田大作全集74 152頁より
弘教は、決して焦る必要はない。
むしろ厳格に「入りたくてもなかなか入れない」というぐらいであってよいと思う。
※アメリカSGIでの指導
創価学会指導集1 181頁より
数のみにとらわれて、いい加減な折伏をするようなことがあっては断じてならない。
日顕宗は、まさに「折伏ノルマ地獄」です。
ノルマで現場を徹底的に締め上げているのに、登山者は減る一方です。
成果主義の折伏が成功しない証明でしょう。
聞法下種も発心下種も功徳は同じなのだから、あえて数値目標を作るとしたら「対話数」です。
仮に本尊流布の目標を立てたなら、それは全て幹部が達成すべきです。
折伏を「決める」ために幹部がいます。「やらせる」ための幹部など、学会には一人もいりません。
牧口先生は、自ら500人に弘教しています。学会の歴史で、最も個人折伏を決めてきたのは、やはり三代会長です。
自らの責任において広宣流布を進めるのだという覚悟こそが「日蓮と同意」の信心なのです。