日蓮大聖人は3度に渡って国家諫暁されましたが、用いられませんでした。
師の道善房を折伏するも、法華経に帰依させることはできませんでした。
御本仏自らの折伏でさえ、入信させるのは容易でなかったのです。
まして、われわれの折伏がすぐに決まらないのも、当然です。断じて自信を無くす必要はありません。
もちろん、結果にこだわることは、世法の上では必要なことです。
しかし仏法上は、折伏の結果がどうなろうが関係なく、功徳はいただけます。宿命転換できます。
そうでなければ、大聖人は成仏できなかったことになってしまいます。
折伏は商売とは違うのです。
商売は、売れなければお金になりませんが、折伏は語るだけで宿命転換できるのです。こんなにお得な話はありませんよね笑
御書には「強いて説き聞かせよ」とあるものの「強いて入信させよ」などとは、どこにも書かれていません。
組織としての本流目標が達成できなかったとしても、部員さんに敗北感を与えてしまうような指導をしてはいけません。そんな幹部は天魔の使いです。
勇気を奮い起こしてこの仏法を語ったこと自体が、大勝利なのです。