新・人間革命「暁鐘」より
皆が等しく広宣流布の使命をもっていても、個々人の具体的な役割は異なっています。
一軒の家を建てる場合でも、土台を建設する人や大工仕事をする人、内装工事を行う人など、それそれが責任をもって作業をすることで、立派な家が完成する。
広宣流布の大偉業も、さまざまな役割の人が集まり、それぞれの分野、立場で、個性を発揮しながら、力を合わせることによってなされていく。
分野、立場の違いはあっても、それは、人間の上下などではありません。
学会にも組織はありますが、それは活動を合理的に推進していくための機能上の問題に過ぎない。
したがって、役職は一つのポジションであり、人間の位などでは決してない。
創価学会指導集1 250頁より
おのおのの専門分野において、第一級の力を身に着けていただきたい。
総体革命である以上、まず大前提として、社会の各分野で諸君が活躍する必要がある。
特定分野や、ある階層の中に偏在してしまったならば、総体を揺り動かす原動力にはなりえない。
池田大作全集96 14頁より
きょう集った男性は、半分は、広宣流布の指導者に、半分は、社会の成功者になってもらいたい。
自分自身に悔いのない、自分自身が満足できる人生を生きたかどうかである。他人の評判など気にする必要もない。
池田会長講演集第一巻より
人それぞれの生命、性格が異なるように、才能もまた、異なることを知らなくてはならない。
友へ贈るより
全てのものが 同じ舞台にいたならば
それは烏合の衆となり
あの未聞の平和革命は
完結できないであろう
会長1人で広宣流布することはできません。
全員が会長になれるわけではないし、その必要もないのです。
同様に、幹部や議員にならなければ成仏できないわけではありません。
人によっては、様々な理由から幹部に合わない場合もあります。否、そういうメンバーがほとんどです。
なぜなら、その人には幹部になる以外の使命があるからです。
したがって、全員を一律に幹部や議員に育てようとしても、絶対に成功しません。それは桜梅桃李の原理に反しています。
人材というのは様々です。折伏が得意なメンバー、教学に長けたメンバー、会合運営に長けたメンバー、政治対話が得意なメンバー、仕事で実証を示すメンバー、全てが必要です。
もちろんすべて得意なのが理想ですが、現実には必ず個性が出てきます。
役職のみで人材を評価しようとすると、その個性が見えなくなってしまいます。役職の低いメンバーを見下すようになってしまうわけです。
「幹部や議員が上、それ以外のメンバーは下」に見えてしまいます。
それでは、もはや仏法ではありません。
全員を幹部に育てようとしてはいけないし、そんな必要はないのです。