役職を受けることは、福運を積む大チャンスでもありますが、一歩間違えるとかえって成仏を妨げてしまいます。
なぜなら
「担当組織以外のことは自分に関係ない。祈らなくていい」
という意識が生じてしまうからです。
これは、組織本然の魔ともいうべきものです。
男子部員であれば、つい女子部や壮婦のことは祈らなくなります。
創価班であれば、牙城会のことは祈らなくなります。
部長であれば、他の部のことは祈らなくなります。「自分の部さえ活動家が増えればいい」という気持ちになりがちです。
この弊害が最も顕著に出ているのが、未来部です。
未来部員は高校を卒業すると地元を離れる率が高いので、育成しても地元組織の活動家が増えるとは限りません。
幹部としては、地元の活動家を増やすことをつい優先してしまうので、未来部育成が後回しになりがちです。
しかし、それが続けば、学会の衰退は避けられません。
それ以上に問題なのが、内部にばかり気を取られ、外部との対話がおろそかになることです。
学会の使命は日蓮仏法を世界に広め、全人類の悲惨な宿命を転換することです。
担当組織のことばかり気を取られ、肝心の折伏を忘れては、本末転倒です。
自分の担当に責任を持つのは、最低限のことなのです。
その上で組織全体、さらに人類全体のために祈るからこそ、福運が増していくのです。
また、フリーの副役職になったときは、信心の原点に立ち返るチャンスとも言えます。
正役職を持っていると、どうしても担当組織が優先になりますから、副役職のほうが、むしろ広い視点で公平に広布のために祈れます。
また、社会で実証を示すためには、正の役職を長く続けるのは時間的に難しい場合もあります。
正と副のどちらが上ということは無く、どの役職も必要不可欠なのです。