日寛上人は享保11年、江戸で折伏の旅をされてから大石寺に帰られ、体調を崩されました。
死期を悟られた上人は、後事の一切を後継の日詳に託し、このように語られたそうです。
「当山が繁栄している以上、三類の強敵が競い起こることは避けられない。私は皆に災いが及ばぬよう三度祈願した。ゆえに、仏天は私1人の病を以て法敵に替えられたのである。転重軽受であるから嘆いてはならない」(趣旨。日寛上人伝より)
上人が眠るように御遷化されたのは、その3か月後でした。享年62歳でした。
このように、日寛上人が比較的若くして亡くなられたのは、ご自身の過去世の宿業が原因ではなく、一門一国の宿業をただ1人で引き受けられたがゆえです。まさしく願兼於業です。
今、創価学会が授与している御本尊は、この日寛上人が書写された御本尊です。
したがって、この御本尊に御祈念していると、一家一族、組織、さらには一国の宿業までもが、難としてあなたを襲ってきます。
あなたが祈り続ければ、一家一国の罪障が変毒為薬され、天魔は所領を失ってしまいます。ゆえに広布のリーダーは常に天魔に狙い撃ちされるのです。
これこそまさに御本尊に力がある証拠であり、断じて恐れ退いてはいけません。
あなたは、地涌の菩薩は、末法濁世の宿業を浄化するために、この世に遣わされてきたのです。今こそこの使命を果たす時です。
牧口先生は、生涯で自ら500人に弘教したと言われています。
しかしながら、弾圧で創価教育学会は壊滅し、獄中で飢え死にという最期を迎えています。
この姿を見て、信心のない人は、
「500人折伏しても、宿命転換できないばかりか、飢え死にとは悲惨そのものではないか。そんな信心などできない」
そう罵るでしょう。
また信心のある人でも、
「牧口先生は信心が足りなかったか、あるいはあまりにも過去世に悪いことをしてきたのだ。お手本とはならない」
そう師匠を軽んじるでしょう。
このような浅い見方に陥ってしまうのは、日寛上人と同じく、仏が衆生の宿業をあえて一身に引き受けている事実を知らないからです。
牧口先生は自らの獄死を以て一国の謗法罪障を消滅し、今日に至る世界広布の道を開いてくださったのです。
飽食の時代は長く続き、飢えている人など見当たりません。囚人が牢獄で肥満するような時代です。これも、全て牧口先生が飢餓の宿業を引き受けてくださった結果なのです。
あなたの周りにも、宿命の嵐と戦っている同志が必ずいるはずです。
彼(彼女)は、「組織を代表して」一身に宿業を引き受けてくれているのです。
ゆえに、断じて守り、支え、祈りを送っていくことです。
同志の悩みを我が悩みとすることが「水魚の思」ということです。
それを「彼は祈りが足りない」などと冷酷に切り捨てるのでは、自ら信心の血脈を絶ってしまいます。
それこそが、魔に敗れた姿です。法門を浅く知ったのみで全てを推し量ろうとする増上慢です。
同志が仏であることを信じられないのです。
役職など関係ありません。魔と戦っていることこそ、彼が仏であることの、何よりの証明なのです。