※新・人間革命 求道より
もちろん、祈りは大事です。
でも、疲れ切った時には、題目三唱で終わらせることがあってもいいんです。
早期に休養を取れば、早く体力は回復します。
最も価値的に、知恵を働かせていくのが、仏法者なんです。
池田大作全集71 606頁より
夜中に仕事で疲れて帰ってきて、どうしても三座の勤行をするのはたいへんだというときもあろう。
そういう場合には、あるいは方便品・自我ゲの勤行でもよいし、唱題のみでもよいと思う。
題目三唱だけしかできないときもあるかもしれない。
無理をせず、早く休んで、翌朝さわやかに起き、朗々と朝の勤行を行った方が、長い目で見れば、ずっとよい場合も少なくない。
信心は形式ではありません。
信心の深さと、唱題時間の長さは、一切関係ありません。
ただ一遍唱えただけで成仏できる、物凄いお題目です。
「毎日1時間は挙げないと功徳は無い」などとノルマを決めつけるのは、お題目の法力を矮小化することになり、むしろ不信です。
確かに「勤行は3分、晩酌は3時間」というのでは論外ですが笑、体調が悪いのに休まず延々と勤行するのでは、狂信になってしまいます。外道の苦行です。
義務感でいくらお題目を挙げても、功徳はありません。それならやる必要はありません。
挙げたいときに挙げたいだけ挙げればそれでいいのです。
お題目は最高の権利であり、歓喜なのです。