御書には
「一日にこれだけお題目を挙げなさい」
などといった具体的な時間や回数は説かれていません。
個人的にノルマを決めて唱題するのは構わないのですが、問題は、忙しくてノルマを達成できなかった場合です。
こんなときに、自分を責めないことです。
もとより、ただ一遍唱えただけでも成仏できる、物凄いお題目です。
それを、
「毎日これだけ唱えないと功徳がない」
などと我見で決めつけることは、お題目の無限の妙力を矮小することになり、むしろ不信です。
功徳はあくまで信心の浅深で決まるものであり、唱題時間は関係ありません。
信心そのものが浅ければ、何百万遍挙げようと浅い功徳しか得られないのです。
形式を廃して深い信心に立ち、その上で繰り返しお題目を唱えれば、その功徳は計り知れません。
だからこそわれわれは喜々としてお題目を唱えるのです。