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21世紀の日蓮仏法

念仏撲滅 禅撲滅 真言撲滅

なぜ「折伏根本」とは言わないのか







池田先生は事あるごとに「唱題根本」「御書根本」と言われますが、「折伏根本」と言われたことはありません。

特に未来部については、勉学第一で折伏をする必要は無いとされています。

ちゃんと御書・教学が身についていない段階で折伏するのは、自己流になってしまい、むしろ有害なのです。



折伏根本で頑張っているのが、顕正会です。その熱心ぶりは、学会ではとてもかないません笑

しかし、顕正会の信心で功徳が受けられないのはご存知の通りです。

なぜなら、顕正会では、会員に御書を読ませないからです。

浅井のスピーチが根本で、御書は単なる参考文献の位置づけです。

御書をちゃんと読ませたら洗脳が解けてしまうので、読ませるわけにはいかないのです。



これを対岸の火事と笑ってはいられません。

御書根本を忘れて折伏するのなら、学会員でも顕正会といっしょです。

学会員だからといって、自動的に功徳がもらえるわけではありません。正しい信心をしなければ功徳があるはずもないのです。

幹部に折伏の実績が必要なことは当然ですが、教学が弱いと、勢いだけの強引な折伏になりがちです。

それでは何十人折伏を決めた実績があろうと、部員さんを指導する資格はありません。そういう人を決して幹部に上げてはいけません。

とにかく入会させればいいという考え方は、顕正会と一緒です。御書軽視です。

これを「顕正会型信心」といいます笑

男子部の部長なら最低でも任用、できれば3級クラスの教学力は不可欠でしょう。



折伏とは、法華経を正しく広めることです。

自分自身が法華経を正しく理解していなければ、話になりません。

教学力こそ折伏力の基礎なのです。





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