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21世紀の日蓮仏法

念仏撲滅 禅撲滅 真言撲滅 カルト撲滅

諸難があれば功徳もある

この末法に法華経を保つことは、全宇宙の魔軍に対して宣戦布告するのと同じです。

法華経の行者には、魔軍が集中攻撃を加えてきます。

したがって諸難(魔、宿業、罰)が競い起こることは避けられないのです。



もちろん、それだけだったら信心しても損するだけということになります。

それでも私たちが信心するのは、難を補って余りある大功徳を受けられるからです。

すなわち正しい信心とは「諸難」と「功徳」の両方が顕れるものなのです。

難がことごとく功徳に転じると言ってもいいでしょう。



なお、罰が出るのは間違った信心だからと考える人もいますが、これは「罰が出る宿業」が顕れたものなので、心配は無用です。

罰と宿業は本質的に同じです。宿業の軽いものが罰なのです。

さらに言うなら、宿業の根本も、成仏を妨げようとする久遠元初以来の魔の働きです。

したがって諸難はすべて魔なのです。



問題は、難ばかり強くて功徳が実感できないといったケースです。

功徳が無ければ、一生懸命題目を唱えても、かえって不信になります。

功徳のない信心など、誰もやってくれません。つまり功徳を受けないと折伏も決まりません。

難があるなら、必ず功徳もあります。おおいに功徳を受けることが、あなたの使命なのです。


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